2008年1月31日

広州より帰国

広州時間朝5時にオフィシャルホテルを出発。タクシー運転手に対して行き先を深圳国境と伝えたにも関わらず、行き方が分からないのに出発し迷いに迷って違うタクシーに移らされる。その時間ロス1時間。そのタクシー運転手に対しても深圳空港か深圳国境か伝わらず、最後は、広州→的士(タクシー)→深圳→的士→香港と漢字で書いたら収束。しかし、時間を相当にロスして深圳国境に到着。そこで乗り合いバスに乗り換えて香港空港に着いたのがフライト出発45分前。ぎりぎりでした。改めて移動のタフさを体感した帰国でした。添田豪選手はこのあと、デ杯フィリピン戦に向けて合宿を経て日曜日にマニラ入りです。今回の新たな経験は必ず生きると確信しています。


2008年1月29日

ハワイから中国へ移動、本戦1回戦敗退

ハワイ時間日曜日朝8時にコナを出発。コナ→ホノルル→成田。ここで約3時間半トランジット。成田→香港。香港からシンセンまでタクシーで移動。シンセンにて中国ボーダーを越えて中国入り。シンセンから広州までタクシーで2時間半。タクシーの運転手がオフィシャルホテルの場所が分からずタクシーを乗り換えたり非常にストレスの大きい移動でした。広州のオフィシャルホテルにチェックインしたのが中国時間月曜日夜中の2時。ホテルの部屋はヒーターがつかず本当に寒い一夜を過ごしました。

香港到着、このバンでシンセンまで移動


シンセンから広州までのタクシードライバー


そして夜が明けて、本日の本戦1回戦、添田豪選手は予選上がりのウクライナ人に6-2、1-6、5-7で敗れてしまいました。タフな移動。20度以上の温度差。室内の早いハードコート。相手は予選上がりで環境に慣れている選手。色々な要素がありました。とても悔しい敗戦です。明日午後に帰国予定です。


雨のためインドアを使用しました

添田豪
チューブトレをする添田豪選手

ウドムチョク
気温3度で白い息を吐くウドムチョク


プレイヤーズラウンジ兼用会見場


おもしろいフェンス


朝ご飯はホテル内の食堂で食べましたが、本当に人だかりです


昼ご飯はファミリーマートです


会場にはミズノのショップもありました


2008年1月27日

添田豪・岩渕聡組 ダブルス準優勝

今日のダブルス決勝戦、添田豪・岩渕聡組はデビッド・マーティン、スコット・リプスキー組に4-6、7-5、タイブレーク7-10で破れ準優勝でした。残念ではありますが、ダブルス世界ランクトップ60を相手にここまで質の高いプレーを出来たことは大きな収穫だと思います。第2セット2-4岩渕サーブからアイフォーメーションを使い流れを掴んだ所も大きな収穫の1つです。

マーティンとリプスキーはスタンフォード大学を卒業してからツアー転戦を続けています。彼らが大学を卒業してからすぐの2004年3月の時期、私も選手としてツアー転戦していたのでアメリカ、カナダの大会で一緒でした。その時に、スタンフォードからはゴールドスタイン、ブライアン兄弟、ジム・トマス等の世界トップ100位以内に入って頑張っている選手がいたり、大学で国際大会を開催したり、世界に通用する人材を輩出している努力を耳にしていきました。そして、彼らはシングルスを諦めてダブルスに専念して今では世界トップ60に入り、グランドスラム本戦で活躍しています。本当に勇気付けられます。

添田豪と岩渕聡
ダブルス決勝戦前

添田豪と岩渕聡
対戦相手のマーティン、リプスキーと一緒に

添田豪と岩渕聡
トーナメントディレクターのティムと一緒に


デビット・マーティンのコーチ、クリス・デビリース


これでハワイチャレンジャーの全日程が終了しました。添田豪はシングルスベスト8、ダブルス準優勝でした。結果よりも試合の質が高くなっていることが何よりもの収穫です。

添田豪
自転車を使ってフードコートまで行きます

添田豪
写真にサインする添田豪


ビーチからの夕焼け

明日はハワイから中国・広州へ移動します。その移動が相当にタフです。朝8時にハワイ・コナ→ホノルル→成田→香港→広州というルートです。アメリカタイムからアジアタイムに戻るのは大変です。広州での試合が火曜日から始まるので、最悪月曜日夜には広州入りしなくてはなりません。明日は24時間を超える移動になると思います。着いてからすぐ次の日の試合になるので初戦突破が最大の関門です。広州では本戦1回戦は予選上がりの選手です。会場の雰囲気やサーフェスに慣れている選手なので尚更注意が必要となります。


今夜、増田祐太さんが教えているハワイプレップスクールを見学してきました。寄宿生の学校でインドアコート4面、トレーナールーム、トレーニングジム等が全て完備されている学校で、非常に良い雰囲気でした。新たな経験をすることが出来て、勉強になりました。


ハワイプレップスクール


食堂で話をする増田祐太さんと学生


インドアコート施設はUSTAから表彰を受けました


インドアコート、昼間は地域の人に開放しています


好成績を残したチームは表彰されます


バスケットボールの試合を観戦しました


ロッカールーム


トレーナールームも完備されています


トレーニングルームも素晴らしいです


増田祐太さんと記念撮影

今夜、フジテレビのジャンクスポーツに添田豪選手が出演する予定です。全豪オープン、男子決勝、ツォンガ対ジョコビッチも楽しみです。



2008年1月26日

添田豪 ルーに敗退、ダブルスは決勝進出

添田豪はシングルス本戦準々決勝で台湾のルーに5-7、5-7で競り負けました。最後まで高いレベルのテニスを展開しました。次週以降に繋がる試合でした。


シングルス準々決勝の試合前


ダブルスは本戦2回戦でプレス・グレメルマイヤー組に6-3、6-1で勝ち、その後行われた準決勝でルー・ウドムチョク組に2-6、6-3、タイブレーク11-9で勝ち、決勝進出を果たしました。明日の決勝戦ではマーティン、リプスキー組と対戦します。


ダブルス本戦2回戦の試合前


ダブルス本戦準決勝


試合後



試合前、オウムと戯れる岩渕聡選手


試合前、YOUTUBEを見てリラックスするウドムチョク


試合前、音楽を聴いてリラックスする添田豪選手


応援して下さったトミー嶋田のご両親と


ボールガールと一緒に


スイスのボーリ、5年前の豪州で一緒にダブルスを組んだ相手。
彼も今はデ杯のスイス代表選手です


2008年1月25日

添田豪 元世界ランク100位を破り準々決勝進出

添田豪は元世界トップ100のパウに7-5、4-6、6-3で競り勝ち準々決勝に駒を進めました。第2セットブレークポイントがありながらブレークできずにセットを失い、ファイナルセットも先にブレークされる苦しい展開でしたが、ゆるいボールを混ぜながら要所で攻め込むプレーを貫きました。パウとはいつも競りながら勝てない相手でしたが、最後は我慢比べを制しました。2試合連続で質の高いプレーで世界トップ100クラスを倒したことは、準々決勝進出の結果よりも大きなことです。自分自身のプレーの質を挙げていくことが将来につながります。明日の準々決勝では、台湾のルーとの対戦です。


パウのフォアハンド(左手を巻き込むのが世界の主流になってきています)


ダブルス本戦1回戦、岩渕聡と組んでアメリカのオウデスマ・ジェンキンスに6-3、6-3で勝ちました。添田、岩渕組はラッキールーザー2番だったのですが、ラッセル・ジネプリがプルアウトして、更にラッキールーザー1番のロクス・パウがラッキールーザーのサインを忘れたので本戦に入ることになりました。次はグレメルマイヤー・プレス組と対戦します。


ダブルスの試合前


試合後に練習をする添田豪、岩渕聡


目先の結果にこだわり過ぎず、他人との比較をし過ぎず、自分自身のテニスの質を上げていく努力を継続するには強い精神力が必要です。今年の全豪オープンでブレークしたフランスのツォンガはバグダディスと同世代ですが、バグダディスが早くに世界トップ10入りを果たしのに比べて遅れを取っていました。昨年春までアメリカのチャレンジャー大会を転戦していました。2006年全豪オープンでバグダディスが決勝に進出した時、ツォンガはどんなことを感じたのでしょうか。焦りは感じなかったのでしょうか。おそらく自分自身にも出来ると信じていたはずです。あの時に腐っていたら今のツォンガはありません。これは日本の若手選手にも通じることです。錦織圭選手が18歳にして世界トップ300位に入り、グランプリ大会で準々決勝進出するのを尻目に、自分自身には出来ないと決め付けるのか、それとも自分自身にもチャンスがあると考えるのか。そこで全てが決まると思います。

私は学生チャンピオンになりながら世界に通用する選手になるにはチャンスがないと決め付けて就職を選択しました。つまり逃げたのです。今でもあの時逃げなければと考えることもあります。28歳からプロに転向して一流選手の仲間入りをすることは出来ませんでした。自分自身で逃げた経験があるからこそ感じます。ツォンガから学ぶことがあることを。

日本の若手選手たちには自分たちにも出来ると信じて欲しいと思います。アメリカのチャレンジャーに出ているアメリカ若手選手たちは自分たちのことを信じています。日本の若手選手と技術的に大きく変わる所はないと思います。彼らは目の前のチャンスを生かして世界トップ100入りを果たす選手たちを目の当たりにして自分たちにも出来ると信じています。それが出来るか否か。口で言うのは簡単ですが、ここにいると逃げない気持ちこそが大事だと改めて痛感します。人知れず逃げることは誰にでも出来ます。しかし、それはいつか自分自身に返ってくることも事実です。添田豪はハワイで戦っています。


ツオンガの活躍を報道する地元紙



プレイヤーズラウンジ(無線LANが通っているので選手たちはここでインターネットを接続しています。ヒルトンの部屋では1時間5ドルのお金がかかってしまいます)


スーパーバイザーに試合予定をチェックする南米選手たち(眼鏡のメロは元世界トップ100選手)


トーナメントディレクターと話す岡本聖子選手と瀬間友里加選手(女子の50,000ドルの大会も同じ会場で開催されています)


審判団


控え室で休む審判団


今日からボールボーイがサポートしてくれています


プラクティスコート受付


自転車があるので歩いて20分かかるフードコートまで5分でいけます


スポンサーのトヨタの車が展示されています



慶應義塾大学テニス部OBの増田祐太さんと一緒に


ハワイアンビール、ビッグウェーブ


2008年1月23日

添田豪 本戦1回戦突破:世界ランク74位を破る

今日の本戦1回戦、添田豪は第1シードで世界ランク74位のダンセビッチに4−6、7−6(1)、4−2(相手が腰痛を理由に途中棄権)で勝利し、2回戦に駒を進めました。第2セットタイブレークまで何度もブレークポイントを握りながらなかなかブレーク出来ない中、第2セットタイブレークを積極的なプレーでものすると最後は相手が根負けしました。今大会は賞金総額が35,000ドル+Hですが、トップ8シードは世界ランク120位以内というハイレベルです。賞金総額100,000ドルと同レベルの大会と言えます。その中で世界トップ100を破ったことは非常に大きなことです。次の対戦相手であるパウも現在は世界ランクを130位近辺に落としていますが、以前は世界トップ100にいた選手です。1戦1戦勝つことで自信をつけ、プレーの質を上げていくことが重要です。世界トップ100を行き来しているダンセビッチ、パウ、ジネプリ、ラッセル、ロクス等に共通しているのはリスクを取って攻撃する姿勢とフィジカルの強さです。ダンセビッチもわざとゆっくりのボールを送り、相手が嫌がってゆっくりのボールを返すと、その瞬間に早いタイミングで踏み込んで攻め込んできます。その攻守の切り替えは試合の中で得られるものです。やはり高いレベルの実戦での経験が必要です。


試合前のトス


試合途中で腰を痛めて治療を受けるダンセビッチ


ダブルスの試合前(対戦相手はオウデスマ・ジェンキンス)


ジェンキンスのふくらはぎ


ハワイの夕焼け


ウドムチョク、ルーとアジアテニスの将来について語りました


2008年1月22日

USTAがチャレンジャー開催をサポートをする意味

ハワイチャレンジャーは昨年12月の段階で、スポンサーであったヒルトンがスポンサーから下りることを表明してキャンセルになる予定でした。しかし、USTA(アメリカテニス協会)が自らスポンサーとなり大会の存続が決まりました。そういう経緯もあり、我々はオフィシャルホテルであるヒルトンに最初の日から泊まれず途中からのチェックインとなったのです。

アメリカ国内では年間24のチャレンジャー大会が開催されています。昨年、その中から5人(ラッセル、イズナー、ケンドリック、レイノルズ、デリッチ)のトップ100選手を送り出しました。世界トップ選手であるロディック、フィッシュ、ブレーク以外の選手は、昨年アメリカ国内のチャレンジャーを踏み台にして世界トップ100入りしてグランドスラム大会に出場するチャンスをものにしていました。そのような経緯もあり、USTAはアメリカ国内で開催されるチャレンジャー大会を何としても存続させようとするのです。アメリカの選手たちは国内にチャレンジャー大会がたくさんあるので世界トップへの道筋を自らの目で確認することが出来ますし、多くの選手に平等にチャンスが与えられているとも言えます。一部のエリート選手以外でも世界トップに行きやすい仕組みがここにはあるのです。

グランドスラム大会で上位進出するようなフェデラーやナダル、ジョコビッチだけを見ていると世界トップが遠い世界のように感じますが、アメリカ国内から世界トップ100入りしていく選手を見ていると日本の多くの選手と大きく変わりません。フィジカル、大事な場面でリスクを負いながら攻め込む姿勢、気持ちの強さには少しずつ差はありますが、大きくは変わりません。それが体感できるだけでも大きいと感じます。


オフィシャルホテルの中に電車が走っていて、電車で移動します


会場の雰囲気


フェデラーの元コーチであるルンドグレンがイギリスの若手バグダノビッチをコーチングしています


アメリカの若手選手たち


女子のコーチとして同行しているマイケル・チャン(後ろ姿)


ルー、ウドムチョクと談笑する添田豪、岩渕聡


ホテルと会場を行き来するトランスポーテーション


2008年1月21日

添田豪選手へのツアー同行:ハワイチャレンジャー

20日より添田豪選手のツアーコーチとして同行しています。21日から1週間はハワイ島・コナで、28日から1週間は中国・広州で試合です。日本時間20日夜に成田出発して、ハワイ時間20日午前にハワイ島・コナに着きました。早速、トラブルが2つ発生しました。1つ目は預けた荷物が荷物受取カウンターから出てこなかったこと。2つ目はチェックインしたホテルを大会側の都合で移らなくてはならなくなったこと。ツアー転戦する上では文句を言いたい所ですが、どうしようもないことです。ハワイ時間の夜8時にやっと新しいホテルにチェックインしました。

添田豪選手のツアー同行は昨年5月の韓国・釜山遠征以来になります。以前にも増してしっかりと自分自身を見つめていて、逞しく成長しているのを感じます。思えば2003年1月からの付き合いになります。あの時は私も選手として一緒に転戦していました。まさかあの時は彼のコーチとしてツアー転戦することになるとは想像もしませんでした。日本ランク1位の座に満足することなく世界基準の中でひたすら戦う彼に何をサポートすることが出来るのか。私も一緒に戦います。

今週のハワイには、世界トップ100選手が4人出場します。1回戦では、第1シードの世界ランク72位のダンセビッチと対戦します。女子も同じ会場で試合が行われており、中国系アメリカ人の選手にマイケル・チャンがコーチとして同行していたり、アメリカ大学出身の選手も多く出場しており、大学生を指導する自分自身にとっても刺激の多い環境です。今日午後は会場にてウドムチョク選手と練習をしました。明日も午前午後とウドムチョク選手、ルー選手と練習をします。


外には火山灰が広がっています


最初のホテルチェックイン


最初のホテル内


ウクレレでハワイアンミュージックを歌う女性


夜にやっと別のホテルにチェックイン


チェックインを終えてほっとする添田豪、私、ウドムチョク


ウドムチョクとキング



帰国前に出席したスポーツビジネスに関わる方々の新年会にて


新年会の主催者である秦英之さんと、秦さんの情熱が日本スポーツ界を変える日が必ず来ると思います


2008年1月15日

2008年シーズンに向けて

遅ればせながら新年あけましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします。

慶應義塾体育会庭球部の男女スローガンが『PERIOD』に決まりました。
以下の5つの言葉の頭文字を取って『PERIOD』を作りました。
『PERIOD』の中には、時代を作る、終止符を打つ、決着をつける、という意味が込めれています。

『PRIDE』→慶應の代表としての誇りを持つ。
『EXCEED』→限界を超越する。
『REVENGE』→雪辱を果たす。
『INDEPENDENT』→独立自尊の精神を持つ。
『ONE』→戦う集団としてチーム一丸となる。
『DESCIPLINE』→規律を重んじる。


2008年のスローガン『PERIOD』が完成


新年早々、千葉県・大本山正中山法華経寺にて大荒行を行っている住職の方に祈祷をして頂いてきました。大荒行というのは、世界3大荒行の1つである日蓮宗大荒行のことで、荒行僧は100日間に渡り、早朝2時に起床、夜11時に就寝という睡眠時間3時間、朝夕2回の梅干白粥、1日に計7回にも渡り寒水で身を清め、その他の時間はお経を唱えるという厳しい毎日を過ごしています。荒行僧の厳しい修行により念力が生じて効力が増すと言われているのです。現在、知り合いの方が大荒行を行っており、祈祷を受けてきたのです。2008年を身の引き締まる思いでスタートしました。


大本山正中山法華経寺の入口


実際に大荒行が行われている場所


続いて、男子松尾主将を連れて時津風部屋の朝稽古を見学してきました。時津風部屋にはモンゴル出身の時天空、170センチの小兵力士である豊ノ島がいます。今日の取組で豊ノ島は琴欧州を倒しました。当日は魁皇も出稽古に来ていました。緊張感のある稽古、四股踏み、黙祷して感謝の気持ちを述べる姿、清められた部屋の静寂な雰囲気等々、参考になることばかりでした。元時津海の時津風親方にはまた見学に来て良いと言われたので、次回は他の学生も連れて行きたいと思います。


時津風部屋の入口


たにまちの方々との記念撮影


部屋の中に掲げられていたこの言葉が印象的でした


左から霜鳳、豊ノ島、時津風親方、時天空


四股踏みをする力士たち


年末年始にUCバークレーから一時帰国していた中原健一郎と日本リーグで活躍している松永浩気