長い間、日記の更新が滞ってしまい、申し訳ありませんでした。昨年11月の全日本選手権終了後から今後の活動について色々と考えており、なかなか更新することが出来ませんでした。この度、これまで私を応援して下さった皆様にご報告があります。
京都チャレンジャー大会(島津全日本選手権大会)をもって選手生活にひと区切りをつけて、慶応義塾大学テニス部の監督に就任することになりました。選手生活にひと区切りをつけようと考え始めたのは、昨年のアメリカツアー(ロス・ワシントンDC・ニューヨーク)及びアジア選手権(ウズベキスタン)が終了した辺りからです。『世界に挑戦出来ることは全てやり抜いた。後悔はすることはない。』との思いが強くなりました。体力面での問題もひと区切りをつける決断をした大きな要因です。昨年5月のタイでの試合で扁桃腺炎による入院をしてから体重が8キロも減ってしまい、それから体力的に厳しい日々が続いていました。また、オーストラリアとニュージーランドにて2度にわたり右足中足骨を骨折してからというもの、どうしても骨折した右足小指をかばって歩く癖がついてしまい、脊椎分離症を持つ腰に負担がかかるようになってきていました。そのような身体の状態で年間25週間から30週間のツアー転戦を続けるのは体力的に厳しいと考えるようになりました。
プロに転向してからの4年間、本当に充実した毎日でした。インド、パキスタン、中国、韓国、インドネシア、タイ、ウズベキスタン、オーストラリア、ニュージーランド、ニューカレドニア、アメリカ、カナダ、トルコ、フランス、イタリア、モナコ、セルビア・モンテネグロ、ハンガリー、オランダ、ケニアを転戦してきました。世界最高ランクは450位、日本最高ランクは8位でした。何度も遠征先で入院や怪我を繰り返してしまい、最終的には5年間の会社員生活のブランクは克服出来ませんでしたが、私のやり方は間違っていなかったと今でも確信しています。年間25週間から30週間のツアー転戦に耐え、グランドスラム大会で5セットマッチを勝ち抜く為には、あれぐらいのトレーニングや練習をやらざるを得ませんでした。才能がある選手は世界各国にたくさんいます。精神的にも体力的にも耐えていける選手が世界のトップへのし上がっていくのです。
ツアー転戦のハイライトは全豪オープン予選出場、パキスタンサテライトでの優勝でした。世界各国の強豪が集まるグランドスラムの舞台には本当にたくさんの『夢』が詰まっていました。また、その『夢』の舞台に立つ為に、過酷な環境のパキスタンやケニアのサテライトツアーを単身で戦い抜いて優勝を掴んだことは本当に大きな自信となりました。また、世界のトップコーチであるボブ・ブレット氏、早稲田大学監督である土橋登志久氏からトップレベルのコーチングを受けた経験、ギレルモ・カナス(アルゼンチン)、ヨナス・ビヨークマン(スウェーデン)、マリオ・アンチッチ(クロアチア)、マルコス・バグダディス(キプロス)、ダビデ・サングイネッティ(イタリア)といった世界のトップ選手と練習や試合をしてきた経験は本当に貴重な財産です。このような貴重な経験を積むことが出来たのは、私の活動を裏で支えてくださったスポンサーの方々を始め、テニス関係者、コーチ、トレーナー、マネージャー、家族、友人、応援して下さる方々のお陰だと心より感謝しています。
今後は、慶応義塾大学を日本一に導くことに全力を尽くし、最終的には学生テニス及び日本テニスの強化に貢献していきたいと考えています。選手活動に関しては、海外ツアーには出場しないことを決め、国内ツアーへの出場についてはこれから考えていきます。今後ともご支援及びご声援の程、よろしくお願い申し上げます。